Kita-Colle ART

〈アートの本棚から〉 内沼晋太郎

2020.05.14

ぼくは本屋で、本は好きだが、アートについてはただのファンだ。体系的に学んだこともない。


けれど、本が好きなただのファンは、やはり本を買う。勉強したい気になったら美術史や美術批評の本を買うし、たまに美術展に行けばつい図録を買ってしまうし、気になる写真家をみつけても写真はそう簡単に買えないので写真集を買う。もちろん読み切れない。


ところで、ぼくのやっている「本屋B&B」では最近、「自宅の本棚の写真を撮ってお互いに眺めてコメントしあう、オンライン上のサービス」をはじめた。もともと感じていたことだけれど、誰かの家の本棚を見るのは、やっぱりとても面白い。


このサイトに何か文章を書くことになって、さてどうしようかと困ったが、ただのファンであっても本棚なら紹介できるし、覗き見るような楽しさがあるのではないかと思った。というわけで、さっそく一角を撮ってみる。上の写真は、棚2マスぶんだ。見えにくいかもしれないけれど、真ん中に薄い板があって、2つに分かれている。アートの本は大判が多くて場所を取るぶん、大して持っていないわりに全部で16マスを占拠していた。その真ん中あたりの2マス。


何に関心があるか、とてもわかりやすい。左にはフルクサス、オノヨーコ、デュシャンの本が、右にはウォーホルの本が、どう見ても多い。直島や別府、ワタリウム美術館など、アートの現場に関することにも関心があるらしいことがわかる。美術史的なものの勉強もしたいらしい。艾未未(アイ・ウェイウェイ)のことも気になるようだ。


アートの本棚から①


フルクサスへの関心も、ぼくの場合は本からはじまっている。これは2004-2005のうらわ美術館の図録。うらわ美術館は世界でも有数の「本をめぐるアート」のコレクションを持っていて、ぼくはこの展覧会をきっかけに、フルクサスに並ならぬ関心を持つようになった。ほとんど既にやられているのだ、と思った。


アートの本棚から①


そこから少しずつ調べはじめるも、なにせお金がなく、フルクサスの関連書など高くて買えなかった。そんな中でぼくを救ってくれたのは、やはり『スタジオ・ボイス』だった。1995年の『スタジオ・ボイス』は、1980年生まれのぼくにはギリギリ、リアルタイムではない。フルクサスの特集号があるなんて知らなかったので、古本屋の軒先で出会ったときはとてもうれしかった。左上に「210円」と書かれたシールが貼られたままだ。消費税は5%。


アートの本棚から①


その後、『FLUXUS VIRUS』だけは、無理して買ったはずだ。表紙が鏡のように反射する銀色で、写真を撮るぼくの手がうつっている。カバーを折り返したソデ部分もほとんどすべてこの鏡のような用紙が覆っていて、右側の最初のページの文字は反転されていて、左側をかざすと鏡にうつって正しく読めるというような仕掛けになっている。右のシュタイデルの『BEUYS BOOK』はその数年後に、確か青山ブックセンターあたりの洋書セールで安く買った。


アートの本棚から①


デュシャンのことはもう少し前から気になっていた。もちろん出会いは便器だった。けれどやはり関連書は高くて買えなかった。特に一番欲しかった真ん中の、『優雅な生活が最高の復讐である』の著者として知ったカルヴィン・トムキンズの『マルセル・デュシャン』は、みすず書房刊で1万円近くする。当時、仕事で携わっていたアパレルブランドの本棚のためにセレクトして、その後、その店が閉店することになったときに、返品できなかったものを古本として買い取ってほしいと言われて、喜んで買い取った。そのときの商品ラベルも、まだ裏に貼られたまま。棚に入らなくてここには映っていないが、奈良原一高の大ガラスの写真集もそのときに買わせてもらった。


アートの本棚から①


カルヴィン・トムキンズに対してもそうだったが、ぼくはこのころインタビューやQ&Aという形式に関心があった。そのとき誰かに教えてもらったのが、このイギリスいちのコレクター、チャールズ・サーチの本だった。ひたすらQ&Aだけで一冊。なお、高城剛の『私の名前は高城 剛。住所不定、職業不明。』はこの本のオマージュである。


アートの本棚から①


ウォーホルは大学生時代のぼくのヒーローだった。本もずっとデュシャンより手が届きやすく、そのせいもあってかどこか身近な存在だった。最初に読んだのは『ぼくの哲学』。雑誌をつくろうとしていたのも、ウォーホルの影響が大きかったはずだ。恥ずかしいけれどそろそろ時効だ。


アートの本棚から①


ぼくは今年、日記の専門店「日記屋月日」をはじめた。店について聞かれるとき、最初に日記を意識したきっかけはカミュの『太陽の讃歌』『反抗の論理』だったと話しているが、その次によく覚えているのはこの『ウォーホル日記』を読んだことだ。たしか下巻に、上述のチャールズ・サーチのギャラリーに、マリリン・モンローのシリーズを売るのを悩む話なんかも出てきた気がする。


アートの本棚から①


人間としてのウォーホルと同じくらい、場としての「ファクトリー」のことが気になっていた。自分たちの場所をつくりたかった。これはどちらもファクトリー関連の本で、少なくとも当時は、古本屋でけっこう安く買えた。関係ないけれど、昨年観た映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』の中に一瞬、ボイスのイベントかパーティか何かに訪れるウォーホルが映るのだが、その所在なさはとてもウォーホルらしくておかしかった。


アートの本棚から①


最後に棚の隅に何冊かあった、60年代の『みづゑ』を。明治期のものはさすがに入手困難だが、このくらいの時代のものは安く売られていて、図版と読み物のバランスがよくておもしろく、見つけるとよく買っていた。写真に撮った2冊は、シャガール特集とムンク特集だが、いまはなかなかこんな表紙デザインはできないのではというもの。左のシャガールは、本人のサインが題字のようなしつらえで絵の上に配置されているし、右のムンクに至ってはおそらく黒一色の版画に勝手に色を付けている。

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